草原の白い球
作・嵯峨 弘
砂漠の昼は暑すぎる。
砂漠の夜は寒すぎる。だから、砂漠を旅する商人たちは、去りし陽のあたたかさと闇をはらう月影と、行路の標たる北極星の三つながらに同期するひととき、目いっぱい距離をかせぐことにしている。
長い長いラクダの列の最後尾についていた若者がチリッと夜空を瞬きおちた一筋の光をみつけた。
やむにやまれぬ衝動が彼をかりたてた。
そっとラクダを降りておちた光をさがしにいくと、思いもかけず、それはすぐに見つかった。広大な砂の海のただなかに、それはあった。
血潮のような、まがまがしい光。毒蛇の卵に勝るとも劣らぬ存在感。
結局は危機意識より、内なる衝動がまさった。両手でそっと掬いあげてみると、焼け付くほどに熱かった。
だが、それは彼が生まれて初めて手にした宝だった。天啓ですらあった。彼はそれを口に含み、膝をついて天をあおいだ・・・・
隊列はすでに見る影もなかった。
いつの頃からか、見渡すかぎりの草原のただ中に、大人の腕でひとかかえもある白い球が転がっていた。
異民族に村を焼かれ、親兄弟を皆殺しにされてあてもなく彷徨っていた遊牧民の少女がそれをみつけた。
何なのだろう。これは。
少女には何もすることがなかった。たとえその白い球が危険なものに見えたとしても、いまさら何を失うでもなかった。
触れてみた。滑らかで、しっとりと肌に吸いつく遠き日の母の乳房のような感触が、少女の60兆の細胞の一つ一つを激しく揺さぶった。
転がそうにも、球はびくともしなかった。しばらく頑張ってみて、諦めて手を離そうとした。
だが、球は少女を捕らえて離さなかった。手が、腕が、じりじりと柔らかさの中に呑み込まれ、一体と化していく心地よさがあった。
少女の、助けを求めるつぶやきを聞いたのはその白い球だけだった。こうして球は一回り大きくなって、見渡すかぎりの草原に一人、静かに留まっていた。
密林に住み、狩りをして暮らすその部族には奇妙な風習があった。身体に「きざし」のあらわれた若者は、聖域に鎮座する巨大な黒い球、「ためしの石」に触れ、帰ってこなくてはならない。この儀式を無事、切り抜けた者だけが部族の成員と認められるのである。
毎年、何人か帰ってこない者があった。それらの者たちは、人として生きるまでもなく、神に選ばれ、神とともにあることを運命められた者として、神や森の精霊たちと同等の尊敬を受けることになった。
大地と大地が衝突し、隆起してできたその山脈に、ひときわ高く、「世界の母神」と名づけられた山があった。
山は奇妙に人々をひきつけた。山のふもとに住む「守りの民」は、他の部族の者からも特別の尊敬を受けていた。だが、彼ら自身は山を恐れ、あえて立ち入ろうとはしなかった。
機械文明がすすむと、遠い異国の地からもこの山を目指して様々な肌色の人たちがやってきた。「守りの民」のとめるのもきかず山に分け入った冒険者たちの内、四分の一は帰ってこなかった。
山頂にひっそりとたたずむ虹の球は、更に大きく膨れあがった。やがてその存在が世間の噂になりはじめた頃、球は大地を離れた。
いつ果てるともなく不思議な満ち欠けを繰り返すその金色の球体に、人々は憧れと崇敬と畏怖の念を抱き続けてきた。
あそこへ行ってみたい。
あれに触れてみたい。
文明が幾たびも滅ぶ内、ついに一機のロケットがそこに辿りついた。人々の好奇心を呑み込み続けるその球の上に立ち、人類はもっと大きな球がすぐそこにあることに気づいた。
母なる青い星。
今、われわれはそれを地球と呼んでいる。
《 END 》
comment
この作品の主人公は「人間」でも「球」でもなく、
「好奇心」、あるいはそれらの関係する「構造」です。
ところで、世界中で「地球」はなんと呼ばれてるんですかね?
横文字なら「ジ・アース」より「ガイア」としたいところです。
Story & comment by Hiroshi Saga
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